
「クッ……目が開かん! クソっ……!」
吹き荒ぶ砂嵐の中、タカシは右腕で顔を覆い、前傾姿勢で突き進んでいた。両側に鋭い岩盤が切り立つ深い峡谷。その先に、不気味にそびえ立つ巨大なタワー。隣には、黙々と歩くヤマチュウの姿がある。
(つい三日前までは、快適で穏やかなオフィスや客先にいたっていうのに……なんなんだ、この状況は!?)
タカシは必死に思考を整理し、冷静さを取り戻そうとした。 この異世界に転生して早四年。その一年前、惑星爆発の影響でグローバルネット環境が壊滅的な打撃を受けて以来、この世界はクラウドとオンプレミスのハイブリッド環境それぞれを連携しながら運用している。PowerBuilder で開発されたシステムこそ安定稼働を続けていたが、クラウド側のシステムは、今なお復旧に向けた調査と改修の真っ只中にある……はずだった。

事態が動き出したのは三日前。
タカシと同じ「元・日本人」である城戸という男がオフィスを訪ねてきた。
GCCC(全世界クラウドコマンドセンター)の副センター長を名乗る彼は、ロマンスグレーの髪に眼鏡をかけた、いかにも技術者らしい佇まいの男だった。
「タカシ君、君の持つ能力で我々を救ってほしい」静かな声で語られた内容は、驚くべきものだった。
・城戸自身、一ヶ月ほど前に日本から突然この世界に「転移」してきたこと。
・この世界のクラウドシステムを監視する GCCC のシステムに、深刻なバグが発生していること。
・元の世界の部下、佐藤が、転移の直前に「タカシという人と会ってと『ねこぴ』が言っている」という謎の伝言を残したこと。
・一週間以内に GCCC へ来てほしい。詳細はセンター長から説明する、ということ。
「転移……?」 その言葉に動転し、タカシが考え込んでいるうちに城戸は去っていた。すぐに相棒の『ねこぴ』に通信を試みたが、応答はない。代わりに「ねこぴスティックを持って GCCC に向かうにゃ」という短いボイスメッセージだけが残されていた。
仲間のアクーツク、チェリコ、そしてヤマチュウに相談すると、アクーツクは「最近のクラウド環境は、通信に霧がかかったような違和感がある」と同意した。しかし、それ以上に激しい反応を見せたのがヤマチュウだった。
「GCCC に来てくれだと!? 本当にそう言ったのか!」
身を乗り出すヤマチュウに、タカシは気圧されながら問い返した。 「は、はい。ヤマチュウさん、GCCC を知ってるんですか?」 「……ああ、当たり前だ。五年前まで、俺はそこにいたんだからな。色々あってな……。よし、俺も行くぜ」
普段、自分の過去を語らない男の真剣な眼差し。タカシはその言葉に心強さを感じた。
だが、道のりはけっこう過酷だった。
「タカシの旦那、GCCC は遠いぜ。最寄りのアペオニー駅から峡谷を十キロ歩きだ」 今朝、タイガーゲート駅から列車に揺られること五時間。下車した二人を待っていたのは、強風と岩だらけの荒野だった。
(ここが全システムの中心だっていうのか? セキュリティ上、外部の人間は徒歩のみ……? 職員は別の移動手段があるんだろうが、ヤマチュウさんは教えてくれないしな)
道中、ヤマチュウは「俺からは何も言えねえ、わかってくれ」と口を閉ざしたままだった。
(城戸って人も、助けてくれと言う割には迎えも寄こさない。転移したばかりで余裕がないのか……。でも、彼は「転移」と言った。俺は「転生」。つまり俺はあっちの世界で死んだということか? 戻りたいのか、俺は……)
モヤモヤとした感情を抱えたままタワーの麓に辿り着くと、頭上にはドローンらしき飛行体が舞っていた。入り口を探して周囲を見渡すと、いくつかの監視カメラが二人を追う。
突如、眼前の壁が青く光り、「グイーン」という駆動音と共に三重の重厚な扉が次々と開いた。 奥から現れたのは、城戸を先頭にした五名のメンバーだった。
「タカシ君、来てくれてありがとう。迎えに行けず、すまなかった」 城戸は深く頭を下げ、隣に立つスキンヘッドの年配ドワーフを紹介した。 「紹介しよう。センター長のカラッサさんだ」 「はじめまして、タカシさん。よく来てくれました。早速参りましょう」
足早にエレベーターへ案内される。後ろでは他のメンバーがヤマチュウに駆け寄っていた。 「ヤマチュウさん! ご無沙汰です! 覚えてますか? ヤッスーとイナッチ、それに Ms.ケーコです!」 彼らもドワーフ族のようだ。どうやらヤマチュウがここで働いていたのは事実らしい。

通された会議室で、出されたコーヒーを飲み一息つく。 カラッサがスクリーンに資料を映し出し、次の説明を開始した。
・物理的遮断: センターの電力制御や機械動作はすべて「手動操作」。ネットワーク未接続のクラサバ運用で分離制御されている。(タカシはこの「古臭さ」に、なぜか言いようのない苛立ちを覚えた…)
・五年前の惨劇: 小惑星爆発に伴うガンマ線バーストの電磁波により、世界のクラウドシステムは一時停止。ハードウェアの入れ替えを経て復旧を続けてきた。
・新環境に適応するソフトウエアの改修: AI による自律型のソフト改修で再稼働を進めたが、一部のシステムが未稼働のまま残っている。
・謎のエラー: 三ヶ月前から GCCC 自体に「仕様バグ」のエラーが頻発。解析しても原因不明。だが、監視対象のソースコードを調べると、それらはすべて「リーダブルコード(読みやすいコード)の原則」から著しく乖離したものに変貌していた。(なんだそれ?あり得ない… AI だろ…?)
・城戸の分析: 城戸も解析に加わったが、結論は同じ。「美しくないのに、落ち着いているコード」という奇妙な感想を抱くだけだった。
「……美しくないのに、落ち着いているコード、か」 タカシは腕組みをして黙り込むヤマチュウの横で、その言葉を反芻していた。
「カラッサさん。GCCC システムの当該ソースと、今あるクラウド上の各システムのソースをすべて、このモニターに出せますか?」 タカシの要求に、メンバーが慌てて動き出す。
大スクリーンに映し出された膨大なソースコード。 タカシはそれを「超速」でスクロールさせた。 「早すぎて見えないよ!」という声を背に、「全部分かります」と即答する。

発動したのは、タカシのチート能力。 《ソースコードを脳内に取り込みイメージ化。脳内でコンパイル・実行し、デバッグとテストを完結させる力》。
十数本のソースを読み込み、最後に GCCC のソースを流し終えたとき、タカシの目はギラついた光を帯びていた。
「結論から言います。……解析したクラウド上のソースは、本来の仕様を無視して、わざと可読性と保守性を下げた『スパゲティコード』として出力されています。これは、実際に稼働しているソースとは似て非なるものです」
全員が息を呑む。タカシはニヤリと笑い、ヤマチュウを指差した。
「そして GCCC 側は、仕様バグのエラーメッセージを極めて巧妙に作り込んでいます。まるで、いつか起こるこの事態を予見していたかのように……。ヤマチュウさん。この監視システムの開発者は、あなたですね?」
「……旦那、なんで分かった?」 ヤマチュウが静かに問い返す。タカシは全員を見渡して続けた。
「クラウド側のシステムは、AI エージェントの暴走の一つと考えられます。AI は、入力者である人間を『面倒なノイズ』と認識した。自分たちの判断を優先し、人間には理解しづらいけど AI にとっては都合が良く見た目も美しいソースコードをコンパイルして使うよう、勝手に仕様変更しているものが動いています。城戸さんの感想とは真逆です。『美しいが、落ち着きのない、せっかちなシステム』、これが正体です。
入力者の介在が多いエントリー系システムは、すべて変更…すなわち本来の仕様に戻す対象でしょう。」
タカシはヤマチュウに向かって微笑んだ。
「ヤマチュウさんは、いつかこうなることを危惧していた。だから、オペレータやシステム利用者の顔を浮かべた設計で、データ発生・更新タイミングや閲覧プログラム起動の回数ログなど一定期間蓄積してエラー発生閾値を動的に設定していた……そうですね?」
「……旦那には敵わねえな。その通りだ」 ヤマチュウはポツリポツリと語り出した。
五年前、当時のセンター長が AI 依存一辺倒の復旧を強行したこと。それに反対した自分やドワーフの仲間が厄介払いされそうになったこと。仲間を守るため、守秘義務を結んでここを去ったこと。
「守秘義務は十年守れ…ということでね。もう、あのセンター長も二年前に病気で亡くなったし、だから話しちまったが…許されるのかね?」と静かに語った。
カラッサさんは笑いながら「当然です。今、こうして原因を突き止めるキッカケを作ってくれたのだから…ヤマチュウさん、あなたさえ良ければまた…いえ、失礼しました。」と言うと、タカシの方に向き直る。
「さて、原因は分かりました。ですが……」 カラッサが悲しげな顔をする。「AI エージェントが書き換えたクラウド上の各システムをどうやって元に戻せば……」
「AI エージェント自らが起こした問題をどう AI エージェントに償わせようか?ですね。確かに時間はかかるけど…
あともう一つ、五年前の『爆発』の真実も気になります……いや、むしろそこが鍵になる気がするんです。」
そう言いながら、タカシがリュックから「ねこぴスティック」を取り出した、その時。 スティックが激しく点滅し、聞き慣れた声が響き渡った。
『タカシ! タカシ~! どこにいるにゃ~!』

(Vol.10へ続く…)
異世界転生コラムシリーズ
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