
「なんだ! ねこぴ、どうした? なにかそっちであったのか? 俺は今、GCCC に居るぞ」
タカシは「ねこぴスティック」の画面に映るねこぴの姿を見つめながら、声を荒らげた。その横には、眼鏡をかけた賢そうな青年が一緒に映り込んでいる。
(佐藤……とかいう人だったっけな?)とタカシが記憶をたどっていると、スティックからねこぴの声が響いた。
「タカシ~♪ GCCC にいるんだにゃ?じゃあ安心だにゃ。……それで、近くに分からず屋の……ゴホン、え~っと、城戸博士はいるかにゃ?部下の佐藤君と話させたいにゃ」
「な、なんだよ!やぶからぼうに……ったく。城戸さん、部下の佐藤君からだってさ」
タカシは呆れつつも、すぐ傍にいた城戸副センター長を手招きして呼び寄せた。城戸と佐藤がスティック越しに話し始める。その最中、タカシの脳内にだけねこぴからの直接通信が届いた。
『あのにゃ、城戸博士はこっちの世界では、頑固なクラウド崇拝者でにゃ…?へへへ、まあいいにゃ。色々とあって、タカシには言ってなかったけど、わいは 2 週間ほど前に GCCC に転移したんだにゃ。そっちの怪しい状況をカラッサさんからも聞いてにゃ。だったら解決しちゃおうと思って、問答無用で彼をこっちに転移させたんだにゃ』
いたずらっぽく笑うねこぴの声に、タカシは脳内でため息をつく。「なんだよ~、そういうことか。だったら先に言ってくれよ」
しかし、ねこぴは冗談めかしながらも、今 GCCC で発生している重大な問題の経緯を、詳しくタカシに説明し始めた。
ねこぴが語った真相は、驚くべきものだった。
小惑星爆発の真相と火種
この異世界における小惑星の爆発は、ある種の人為的な災害だった。6 年前にも AI が暴走した際、当局は宇宙船を使って小さな惑星へ、AI の支配下にあるシステムごと隔離した。船底の装着ドリルで惑星を掘削し、地熱を利用して自家発電させ、試験的に暴走の経過を見守っていたのだ。しかしその 1 年後、惑星は丸ごと爆発。その影響で発生した電磁波は世界のクラウドシステムを直撃し、ソフトウェアの内部に「火種」として紛れ込んでしまった。その混乱に乗じて逆ジャミング装置が悪用されてしまったことで、今になってデータポイズニングのような影響が出ているのだという。
地球におけるクラウドの危機
実は地球も、何社かの AI エージェントの競争激化の影響で物凄い勢いで AI サーバーが増殖し、原子力発電を含め急増する電力需要に対応する電源確保の激しい動きの中で、クラウドサービス全体に過度な集中化を危ぶむ声も出だしている。
ダイヤモンド問題と自己否定
AI エージェントがシステム開発において暴走する原因の一つとして研究されているのが、西暦 1993年~2000 年頃に開発された「レガシーシステムのコンテナ化」である。コンテナ化に際し新コンパイラでコンパイルを実施したところ、多重継承の衝突(いわゆるダイヤモンド問題)が発生。これら希少なシステムをリファクタリングする過程で、AI は論理矛盾と「コンテナ化を排除できない自己否定」の罠に陥り、自分に都合の良い解釈を勝手に下し始めたのだ。残念ながら、この異世界でも全く同じ状況が発生しており、これが 6 年前の暴走の要因だと考えられた。
話を聞き終えたタカシに、ねこぴは解決策を提示する。
『コンテナ化されたクローズドシステムのコードを解析して、単一継承である PowerBuilder に置き換える荒療治で乗り切るしかないにゃ』
そして、それこそが、タカシにしかできない「チート能力」だった。常人離れした話に圧倒されつつも、タカシは自分の想いがねこぴの言葉と重なるのを感じていた。
さらに、変化は身近なところでも起きていた。頑固だった城戸博士も、この異世界の現状と、部下である佐藤の冷静な一言によって心が揺らぎ始めているらしい。
「なんでもクラウド一辺倒は、違和感あるっス。むしろエンジニアには窮屈っスよ、自由じゃないっス」
その言葉にハッとした城戸は、PowerBuilder の「DataWindow(データウィンドウ)」に強い関心を示し始めている佐藤の姿を、複雑な心境で見つめていた。
(おお、佐藤くんはいい奴だな♬)と、タカシはまだ直接話してもいない彼に、深い親しみを感じていた。
(フ~ッ、さあて、やるか……出来ることを!)
タカシは自分の頬をパンパンと両手で叩き、気合を入れた。
「それでは皆さん、解決に向けて全力投球しましょう! ヤマチュウさん、あの古臭い電源制御で、AIサーバー群の電源を停止できますよね?」
「おうよ! ……って、一言多いんだよ!」
ヤマチュウはニカッと笑って応じた。タカシは間髪入れずに指示を飛ばす。

「AI サーバー停止後に影響が出るシステム範囲の特定、利用者への伝達、業務システム側でのウイルスチェック、ハードウェアやファームウェアのチェック……手順を含めた全体設計は、センターの皆さんで組んでください! あと、俺たちのオフィスにいるアクーツクとチェリコを、ここに専用機で連れてきてください。新メンバーのサクッチとマーリンとニーナさんはリモート参戦だな。よし、全員でやるぞ! あ、休憩室や仮眠室の確保もお願いします!」
タカシの元気良い大号令に、城戸副センター長だけは驚愕の表情を浮かべたが、カラッサセンター長をはじめとするメンバーたちは「オ~ゥ!」と活気ある声を上げ、各自の役割へと足早に動き出した。
一人取り残された城戸が、恐る恐る尋ねる。「タカシさん、今から一体なにを始めるんですか……? AI サーバーまで止めて……」
「ン? 何って、システムを正常に戻すんですよ」
タカシは真面目な顔で答えた。「AI サーバーも完全初期化して、再構築です。一から学習させ直して、あるべき自動化を再定義します。もちろん城戸さん、ここからはあなたが主体となって作業をお願いしますよ。だって、地球に戻ってからも絶対に役立つでしょ?この経験が」
城戸が息を呑む中、タカシはすかさずカラッサセンター長へ向き直った。「カラッサさん、業務システムの中で、コンテナ化されたレガシーシステムの全数調査をお願いします。各開発言語のソースコードも含めて全て提出してください」
さすがのカラッサも、この要求には目を丸くした。「エ~ッ! コンテナ化されたシステムは全部で確か 100 近くありますし、どうなさるんですか?てっきり、他言語で書かれたエントリー系システムの改修だけかなと……」
「もちろんです。他言語のエントリー系システムはうちのメンバーで手分けして改修します。そして、コンテナ化されたレガシーシステムは、俺とアクーツクが『PowerBuilder』を使ってリファクタリングします。まあ初めての試みですが、将来のことを考えると、クラウド上でコンテナ化したまま運用するのはリスクを抱え続けることになります。なんなら、API 連携で負荷を分散させたいと思っているんです」
タカシは言い切った。確かに、最新のコンパイラが存在しないレガシーシステムをそのまま運用し続けるのは、別の意味でもリスクが高く、再び暴走した AI の「餌食(排除の対象)」になる危険性を孕んでいる。ならば、それらを PowerBuilder で美しくリファクタリングできれば、安全かつ安定的な業務システムとして蘇らせることができる。それもこれも、タカシの持つチート能力があればこそ可能な業だった。
数日後、すべてのメンバーと開発環境の準備が整った。対象プログラムは、1,000 を超える。タカシ達のメンバーで一人平均 200 近いプログラムの改修を行うこととなる。各システムの決められた期限に合わせた順次改修なので、半年間は掛かるのだ。
しかし、多様な言語のコーディングを伴うこの作業には、刷新された AI エージェントによる自動化も組み込まれている。後半になればなるほど、開発の速度と品質は劇的に向上していくはずだ。
最大の難関は、他言語で書かれたレガシーシステムのリファクタリングだ。本来なら解析だけで膨大な工数がかかる。だが、この解析を驚異的なスピードで完遂することこそが、タカシのチート能力の本領であった。
「よし、AI サーバー群、シャットダウン!」
電源制御の停止と光ファイバーケーブルの取り外しが、同時に行われた。サーバー室から、これまで聞いたこともないような「ゴゴググ……ウワンウワン……」という、まるで断末魔の叫びのような唸り音が響き、やがて静寂が訪れた。ディスク、プロセッサ、ファームウェアを含めた筐体以外はすべて取り替えられ、開発用サーバー群へと接続されていく。
一方、コンテナ化されていたシステムのソースコードは、ドキュメントやモニター映像など多岐にわたる方法で手動一元化された。タカシは頭脳をフル回転させて検証を開始。アクーツクと二人の、過酷なリファクタリングの戦いがついに幕を開けた。
「タカシ、頼むから死なないでくれよ……」
周囲が本気で命の心配をするほど、タカシは睡眠を削り、鬼気迫る表情で画面に向かい続けた。しかし、そんな周囲の心配をよそに、タカシの胸中にはエンジニアとしての「崇高な魂」が芽生え始めていた。
様々な開発言語――そのどれもに歴史があり、改良の方向性の違いがあり、その瞬間ごとにコードを書いたエンジニアたちの感情や苦労、そして笑顔があった。トランス状態となったタカシの脳裏を、それらが幾度となく駆け巡る。
(PowerBuilder と同じように、どの言語にも歴史があるんだ。良い悪いじゃない。その時々の刹那の判断の連続で、今がある……。AI は、そうした泥臭い歴史をつぶさに学習してこなかった。その時代を生きた人たちの矜持(プライド)までも理解できないから、判断を間違えるんだ。システムに絶対の正解なんてない。積み重ねの中で今がある……これは、人間の営みに他ならないんだ!)
タカシは確信していた。
その姿を間近で見ていた城戸もまた、この数ヶ月間、異世界の GCCC で活動した日々に深い充実感を覚えていた。と同時に、かつての自分の考えがどれほど偏屈だったかを嫌というほど味わわされていた。エンジニアの崇高さ、創造力、逞しさ、そして人間臭さ。そのすべてが愛おしいと思えた。(これは、私の一生の宝物だ……)城戸は心の中で、強くそう想うのだった。
こうして、約半年間にわたる壮絶な開発は幕を閉じた。GCCC の全システムは、見事に再稼働を果たす。関わったすべてのエンジニアの胸には、確かな達成感と満足感が満ちていた。誰もが「一皮むけて成長した」という実感を、穏やかに、しかし確実に噛み締めていた。
――時は流れ、2031 年の東京。
全世界プログラミング学会のきらびやかな壇上に、一人の男が立っていた。誕生から 40 周年を迎えた『PowerBuilder 2031』を鮮やかに操る、城戸雅之の姿だ。
城戸はマイクに向かい、堂々と語りかける。「PowerBuilder は、40 年間変わらなかったのではありません。――変える必要がなかったのです」
その言葉は、かつてタカシが異世界で得た確信と、完璧に同期していた。
同時刻、虎ノ門のオフィスでは、佐藤が画面を食い入るように見つめていた。
「……これ、何をしてるか分かるぞ。『データウィンドウ』がデータと画面を直結して、面倒な処理を全部やってくれている。だから余計なコードがなくて、業務の流れがそのままシンプルに記述されているんだ。」
佐藤のその気づきこそ、PowerBuilder が 40 年間守り続けてきた「業務中心」という思想に対する、次世代からの大いなる承認だった。長年守られ、洗練されてきた技術は、令和の若手エンジニアにとっても、新鮮で、かつ最も合理的な解決策として映っていたのだ。
学会のスクリーンには、城戸が引用した一文が大きく映し出される。

『Build once. Trust forever.(一度の構築で、永続する信頼)』
続いて、会場に懐かしい動画が流れ始めた。かつてのねこぴが、誇らしげに語っている映像だ。「データウィンドウこそが、データと人間の対話の完成形だにゃ」
ところ変わって、タカシのデスク。彼は最新の『PowerBuilder 2031』を立ち上げ、新機能である「AI 拡張 DataWindow」を軽快に操作しながら、隣に座る相棒に話しかけた。
「やっぱ、異世界に転生しても PowerBuilder は最強だな?」
横にいたねこぴは、嬉しそうにニーッと口元を緩めて叫んだ。
「もちろんなのだにゃ!」

(完)
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